로그인第56話 茨城幕府開幕宣言
嵐山城で正室の歩美や家族との時間を過ごした龍之介は、茨城国へ戻るため京を出発した。
堺の港には、龍之介が建造させた高速型蒸気機関船が用意されていた。船は石炭を燃やして黒煙を上げ、紀伊半島から遠州灘、伊豆半島沖を通り、東国の海を北上していく。
風に左右される帆船とは異なり、蒸気機関船は一定の速さで航行できる。途中で石炭と水を補給しながら進んだ船は、やがて茨城国北部の日立港へ入港した。
港には、天下統一を成し遂げて帰国する龍之介を迎えるため、大勢の領民が集まっていた。
「関白殿下、万歳!」
「征夷大将軍様、御帰国!」
人々の歓声が港中に響き渡る。
龍之介は船上から領民たちへ手を振り、出迎えの言葉へ応えた。
天下人となったとはいえ、龍之介にとって茨城国は自らの領地であり、前世から強い愛着を抱いてきた故郷でもある。見慣れた山々と海を目にしたことで、ようやく帰ってきたのだという実感が湧いてきた。
日立港からは
第59話 金髪の王妹は刺客!? 茨城幕府が開かれてからというもの、日本を訪れる異国人の数は急速に増えていた。 日立や鹿島の港には西洋の商船が出入りし、茨城城の城下にも異国の商人や技術者が暮らしている。今では金髪や赤毛の異国人が町を歩いていても、領民たちが驚いて立ち止まることは少なくなっていた。 国王の名代として、異国の使節が茨城城を訪れることも珍しくない。 龍之介は相手の国の大小にかかわらず、使節を最大限の礼をもって迎えていた。武力を背景に脅すのではなく、交易と対話によって諸国との関係を築く。それが亡き織田信長から受け継いだ方針であり、龍之介自身の信念でもあった。 その日も、西洋のある王国から使節団が訪れていた。 二ノ丸御殿の謁見の間には、西洋の時計や色鮮やかな硝子器、精巧に描かれた海図など、数々の献上品が並べられている。 しかし、龍之介の目を引いたのは品々ではなく、使節の後ろに静かに立っていた一人の娘だった。 波打つ金色の髪に、澄んだ青い瞳。年は十九歳だという。華やかな西洋の衣装に身を包んでいたが、その表情にはどこか張り詰めたものがあった。 使節の代表者が深々と頭を下げる。「将軍閣下に、我が国王より特別な献上の品がございます」「ほう。これだけでも随分な品々だが、まだ何かあるのかな?」「はい。こちらの姫君にございます」 使節が示したのは、金髪の娘だった。 その瞬間、龍之介の表情から笑みが消えた。「人を品物として扱うのは好まぬ」 声は穏やかだったが、謁見の間の空気が張り詰めた。「我が国では、年貢や借財のために人が売られることを禁じつつある。たとえ国王からであろうと、人を献上品として受け取ることはできぬ」「お待ちください、将軍閣下。言葉が足りませんでした」 使節は慌てて弁明した。「この御方は、我が国王の末の妹君、エリリ・ローランド殿下にございます。姫君を将軍閣下のお側へ迎えていただき、両国の間に血縁を結びたい。それによって、末永い和平を約したいという
第58話 羽柴秀吉の最期 一五九八年。 羽柴台湾国を築いた羽柴秀吉の死期は、確実に迫っていた。 日本を脱出して台湾へ渡ってから、秀吉は休むことなく国造りを進めてきた。西岸に設けられていた日本人居留港を中心に支配地域を広げ、港と城下町を一体化させた巨大な海城も築いている。 その城には、秀吉自身の手によって「台湾城」という名が付けられた。 城の設計には、秀吉がかつて琵琶湖畔に築いた長浜城での経験が生かされていた。 海へ突き出すように石垣を築き、城内の船溜まりへ直接、軍船や交易船が入れるようになっている。海に面した櫓や砲台には大砲が並べられ、港の入り口には鎖を張って敵船の侵入を防ぐ仕組みも用意されていた。 陸側には深い堀と高い石垣が巡らされ、城下町まで含めた総構えとなっている。 台湾城は、羽柴台湾国の王城であると同時に、三上龍之介正圀が率いる茨城幕府の追討軍に備える要塞だった。 また、明国沿岸部との交易を行うための拠点でもある。明国との正式な国交は結ばれていなかったが、福建などから訪れる商人を受け入れ、砂糖、香辛料、陶磁器、生糸、鉄器などが盛んに取引されていた。 城下町は年を追うごとに発展したが、その繁栄を築いた秀吉自身は、日に日に衰弱していった。 台湾へ渡ってからも、秀吉は日本へ戻ることだけを考え続けた。密使を送り、伊達政宗や最上義光を寝返らせようとし、茨城幕府の内情を探らせた。 しかし、いずれも成果を上げることはできなかった。 龍之介の治世が安定するほど、日本へ帰還できる可能性は遠のいていく。その焦りと苛立ちは、秀吉の体をさらに蝕んでいた。 台湾城本丸御殿の奥にある寝所で、秀吉は布団へ横たわっていた。 かつて戦場を駆け、信長のもとで異例の出世を遂げた男の面影は、ほとんど残っていない。頬は痩せ、呼吸は浅く、一言を発することさえ苦しそうだった。 枕元には正室のねねが座り、その手を握っている。 少し離れた場所には、後継者に指名された羽柴秀次、軍師の黒田官兵衛、政務を担う石田三成が控えていた。ほかにも側
第57話 三上龍之介正圀幕府の治世 茨城幕府の政庁が水戸城から茨城城へ移ると、龍之介は新たな国造りへ本格的に着手した。 天下を統一しただけでは、民の暮らしは豊かにならない。戦を止めることは平和への第一歩にすぎず、その平和を長く保ち、誰もが明日の食事を心配せずに暮らせる仕組みを作らなければならない。 龍之介は全国の大名と代官へ、幕府が目指す国の姿を示した。 その最初の目標は、茨城国ですでに掲げていたものと同じだった。「国民皆、毎日三食」 身分や住む土地にかかわらず、すべての民が一日に三度の食事を取れる国を作る。 簡単な言葉ではあったが、戦と飢饉を経験してきた民にとって、これほど切実で分かりやすい目標はなかった。 茨城城の評定の間で、龍之介は全国から集めた役人たちへ告げた。「これより先、領地の豊かさを石高だけで測ってはならぬ。米が多く取れぬ土地へ、無理に稲を作らせても民が苦しむだけだ。それぞれの土地に適した産業を見極めよ」 平地が広く、水の確保が容易な地域では、治水と開墾を進め、米、麦、蕎麦、豆、芋、野菜などを組み合わせた農業を指導した。米だけに頼ることなく、冷夏や洪水が起きても、すべての作物が失われないようにするためである。 寒冷地には寒さに強い麦や蕎麦、芋類を広め、温暖な地域には果樹や茶、薬草などの栽培を奨励した。 一方、山地が多い場所や土地が痩せ、農作物の収穫を期待できない地域には、養蚕と織物産業を導入した。桑は比較的痩せた土地でも育ち、農業に向かない場所でも収入を得ることができる。 これは龍之介が茨城国で実施し、すでに成果を上げていた産業分担だった。「米が取れぬから貧しいのではない。その土地に合わぬものを作らせるから、いつまでも貧しいのだ。土地ごとに作るものを変え、街道と水運によって互いに補えばよい」 龍之介の命令によって、幕府から農業、養蚕、機織り、治水に詳しい者たちが各地へ派遣された。 生産された絹織物や農作物を売るため、街道と河川も整備される。各地に市場が設けられ、領境で何重にも課されていた通行税は
第56話 茨城幕府開幕宣言 嵐山城で正室の歩美や家族との時間を過ごした龍之介は、茨城国へ戻るため京を出発した。 堺の港には、龍之介が建造させた高速型蒸気機関船が用意されていた。船は石炭を燃やして黒煙を上げ、紀伊半島から遠州灘、伊豆半島沖を通り、東国の海を北上していく。 風に左右される帆船とは異なり、蒸気機関船は一定の速さで航行できる。途中で石炭と水を補給しながら進んだ船は、やがて茨城国北部の日立港へ入港した。 港には、天下統一を成し遂げて帰国する龍之介を迎えるため、大勢の領民が集まっていた。「関白殿下、万歳!」「征夷大将軍様、御帰国!」 人々の歓声が港中に響き渡る。 龍之介は船上から領民たちへ手を振り、出迎えの言葉へ応えた。 天下人となったとはいえ、龍之介にとって茨城国は自らの領地であり、前世から強い愛着を抱いてきた故郷でもある。見慣れた山々と海を目にしたことで、ようやく帰ってきたのだという実感が湧いてきた。 日立港からは馬に乗り、整備された陸前浜街道を南へ進んだ。 街道では荷を積んだ馬車が行き交い、道沿いの田畑では農民たちが働いている。港から運ばれた異国の品が内陸へ運ばれ、領内で生産された米や絹、銅などが港へ向かっていた。 龍之介が長年進めてきた街道と水運の整備は、確実に茨城国を豊かにしていたのである。 やがて龍之介一行は、水戸城へ到着した。 本丸御殿の玄関には、茨城国に残っていた側室たちが並んでいた。その中に、徳川家康の娘である香々美の姿もあった。 香々美は、誰よりも緊張した面持ちで龍之介を迎えた。 父である徳川家康は織田信忠方に加わり、龍之介と敵対した。家康は切腹と改易こそ免れたものの、三河、遠江、駿河、伊豆、甲斐の領地をすべて召し上げられ、四国の土佐一国へ減封のうえ国替えとなっている。 その娘である自分も、側室の座を解かれる。 あるいは父への見せしめとして、何らかの処罰を受ける。 香々美は、そのような覚悟を決めていた。 龍之介が側室たちの
第55話 茨城幕府 天下統一を果たし、正一位関白兼太政大臣兼征夷大将軍兼禁裏御守衛総督となった龍之介は、二条城での用事を終えると、ようやく嵐山城へ帰還した。 城門をくぐる龍之介を、城兵や女中たちが一斉に出迎えた。 明智光秀の大軍から嵐山城を守り抜いた歩美は、本丸御殿の玄関まで出て、夫の帰りを待っていた。久しぶりに見る歩美の顔には疲労が残っていたものの、その背筋は真っすぐに伸びている。 龍之介が近づくと、歩美は静かに両手をつき、深々と頭を下げた。「旦那様、御無事の御帰還、何よりにございます」「歩美も留守居の役目、大儀であった。わずかな兵で明智光秀の大軍を退けた働き、見事である」「城を守ることが、旦那様から託された私の役目にございました。それに、あの特別な銃がなければ、あれほど長く持ちこたえることはできなかったでしょう」「武器が優れていても、それを扱う者に覚悟がなければ城は守れぬ。歩美だからこそ、嵐山城の兵も最後まで踏みとどまったのだ」 龍之介に褒められ、歩美はわずかに頬を緩めた。 しかし、龍之介の表情はすぐに曇った。「歩美。そなたには、儂の口から伝えておかねばならぬことがある」「織田宗家のことでございましょうか」 歩美は、すでに覚悟していたようだった。 龍之介は静かにうなずいた。「織田信忠と秀信は亡くなった。信孝も兄を選び、再び儂へ刃を向けた。織田宗家は、事実上滅びたと思ってよい。そなたにとっては兄や甥にあたる者たちだ。済まぬ」「旦那様が謝られることではございません」 そう答えた歩美の声は落ち着いていた。 だが、その目には薄く涙が浮かんでいる。「私は、いつかこの日が来るのではないかと思っておりました。父上が亡くなれば、兄上は旦那様を恐れ、必ず排除しようとする。旦那様が何も望まなくとも、兄上のほうがその力を恐れてしまうのだと……」「歩美……」「確かに信忠様は、私の異母兄にございま
第54話 本編一休み……閻魔ちゃんの部屋 ここは地獄の閻魔庁。 亡者の裁きを行う大広間から幾つもの廊下を進んだ先に、閻魔大王だけが使用できる私室があった。 もっとも、部屋の中には恐ろしい拷問道具も、罪人を震え上がらせるような品も置かれていない。大きな机と柔らかな長椅子、冷たい飲み物を保管する箱に、菓子を並べた棚まで備えられている。 部屋の正面には大きな白い幕が張られ、その前には前世の記憶を映し出す浄瑠璃鏡が置かれていた。 ただし、見た目は完全に薄型のタブレット端末である。 閻魔ちゃんは、その浄瑠璃鏡をプロジェクターへ接続し、三上龍之介正圀の暮らす世界を映画のように大画面へ映し出していた。 長椅子へ横になった閻魔ちゃんは、菓子をつまみながら画面を眺めている。 映し出されているのは、帝から正一位、関白、太政大臣、征夷大将軍、禁裏御守衛総督の官位と官職を授けられた龍之介の姿だった。「正一位関白兼太政大臣兼征夷大将軍兼禁裏御守衛総督、藤原朝臣三上龍之介正圀かあ。ずいぶん長い肩書きになったわね。転生者としても、ここまで出世する者は珍しいんじゃないの?」 閻魔ちゃんが楽しそうに笑う一方、その隣では秘書の司録が、机の上に山積みとなった書類を処理していた。「そうですね。大抵の転生者は、与えられた力を過信して早々に命を落とすか、人間関係につまずいて挫折するものです。龍之介殿のように、わずか十数年で天下人にまで上り詰める例は、ほとんどありません」「でも、龍之介ちゃんはまだまだ若いわよね?」「はい。現在、三十三歳です」「三十三歳で天下人! いいわねえ。前世では百歳まで生きたから、知識も経験も豊富。そのうえ、今の体は若くて元気。これでは誰も勝てないわね」 閻魔ちゃんは満足そうに何度もうなずいた。 画面には、二条城の座敷牢へ入った龍之介が映し出されている。その先には、近江八幡合戦で捕らえられたくの一の春がいた。 閻魔ちゃんは身を乗り出した。「出たわ! くの一の春ちゃん!」